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東京高等裁判所 平成元年(ネ)410号 判決 1989年7月19日

控訴人 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 松田政行

被控訴人 株式会社富士銀行

右代表者代表取締役 端田泰三

右訴訟代理人弁護士 下飯坂常世

同 海老原元彦

同 広田寿徳

同 竹内洋

同 馬瀬隆之

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一九五万二五〇円及びこれに対する昭和五六年一〇月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

4  2項につき仮執行の宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨

第二当事者の主張及び証拠

一  原判決事実摘示のとおりである。ただし、次のとおり付加訂正する。

1  原判決二枚目裏七行目の「弁済」を「支払」と改める。

2  同三枚目表八行目の次に、次を加える。

「(5) 被告は原告に対し、原告が届出た暗証番号一九三六を印磁したカードを交付した。」

3  同三枚目表九行目の「原告」を「右カードの所持人」と改め、一〇行目ないし一一行目の「弁済した」を「支払った」と改める。

4  同四枚目表九行目の「から、被告は、本件免責特約により免責される」を削除する。

5  同五枚目表一行目の「(一)」の次に「(二)」を加え、同行目の「同」から三行目までを削除する。

6  同五枚目表四行目の「(一)」の次に「(二)」を加え、同行目の「同2(二)」から末尾までを削除する。

二  控訴人は、当審において、新たに次の主張をした。

本件免責特約において、暗証番号が真正であるというのは、預金者本人が暗証番号を使用した場合又は同人から暗証番号を聞き知った者が使用した場合に限られ、預金者の承知するところでない者が不法に知った場合あるいは解読した場合の暗証番号は偽造されたものというべきである。

理由

一  請求原因事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  抗弁1、2項の事実は当事者間に争いがない。

三  控訴人は、本件支払システムにおいては、カードがゼロ化されていないため、暗証番号が読み取られ易く、また、カードの偽造が容易である点において、システムの安全性の確保がされていないとして、本件免責特約の効力は否定されるべきである旨主張するので、この点について検討する。

まづ、本件においては、支払は偽造カードによってなされたのではなく、真正なカードと正しい暗証番号によってなされたことを前提とするのであるから、カードの偽造が容易であるかどうか、或いは偽造の場合の規定の仕方が適切であるかどうかなどは問題とならない。

次に、本件カードが他人に盗用されたものであり、かつ、暗証番号は盗用者によって解読されたものであった場合について検討する。本件支払システムにおいては、預金者の保護は、第一に、カードの存在により、第二に、暗証番号により、二重に図られている。しかし、一般社会における同様のシステム、例えば、貸金庫、私書函、コイン・ロッカー等においては、寄託者の保護は、単に一個の鍵によってのみ図られている。また、本件カードと同様なカードの形態を有するテレフォン・カードも暗証番号を持っていない。それにも拘らず、以上のすべての場合において、鍵またはカードの盗用者又は拾得者がこれを使用して真実の寄託者等に損害を与えた場合、貸金庫等の設置者と利用者との間では明示的又は黙示的に本件免責特約と同様の特約が結ばれていると解すべきであり、その有効性には疑問はない。従って、第二の保護策に過ぎない暗証番号が何等かの理由によって不法に知られてしまったのか、或いは、カードの非ゼロ化のため読み取られる可能性があるか否か、又は実際に読み取られたのかどうか等は、本件免責特約の効力に影響を及ぼすものではないと解すべきである。

確かに、通帳と印鑑による支払システムの場合は、銀行側は、印影の照合の機会と支払請求者が盗用者でないかどうかを挙動等の観察から判断する機会とを有するのに対し、本件支払システムの場合は、後者の機会はない。しかし、これは支払システムの本質的相違によるものであるから、比較して論ずべきものではない。もっとも、それだからといって、カード支払システムが印鑑支払システムに比べて安全性において均衡を失っていると解すべきではない。後者のシステムが二重のチェックをしているのと同じく、前者のシステムも、前述のように、二重のチェックをしているからである(暗証番号は解読可能であるとしても、少なくとも控訴人主張の手続は必要であるから、その限度で預金者の保護策として有用である。これに対して、実際問題として、偽造印鑑を所持する偽造者の挙動等から請求者が偽造者であることを見破る確率に比べれば、真正印鑑を所持する盗用者の挙動等からこれを盗用者であると見破る確率はかなり低いであろうから、これは保護策として充分に有用であるとはいい得ない。)。

なお、控訴人は、その均衡論の根拠として、最高裁判所判決(昭和四六年六月一〇日言渡・民集二五巻四号四九二頁)を引用するが、適切ではない。右判例は、印鑑が偽造である場合に、印影照合事務において尽くすべき注意義務の程度について、客観的な善管注意義務を要し、銀行が主観的に符合すると認めただけのいわば自己のためにするのと同一の注意義務では足りないとし、免責約款も注意義務の程度を軽減するものではないと判示したものである。従って、これを本件に類推するとすれば、注意義務の程度に対応するのは支払機の性能の程度であり、例えば、本件支払に使用されたカードが偽造である場合に、性能が劣悪で支払機がそれを識別することができず、簡単に真正カードであると判定してしまったときは、免責約款は適用にならないとでも論ずることになろう。然るに、本件は真正カードと正しい暗証番号による支払なのであるから、右判例の適用される場合ではないことは明らかである。

勿論、銀行は、暗証番号の守秘義務を負い、もし、故意又は過失によってこれを漏洩したのであれば免責約款によって免責されるものではないことは当然であるが、それは本件の問題ではない。

要するに、預金者としては、契約締結の自由があるのであるから、まづ、銀行取引をするか否か、次に、被控訴銀行と取引をするか否か、更に、印鑑支払約定の外にカード支払約定をするか否かを自ら判断して決定するべきであり、もし、カード支払システムにおいては安全性が十分ではないと考えるのであれば、それを採用することなく、印鑑支払システムのみを採用すればよい訳であって、結局においてカード支払約定を結んだ以上は、カードの保管と暗証番号の秘匿は自らの責任において行うべきであり、不幸にしてカードが盗用され、暗証番号が不法に知られ又は解読された場合は免責特約が適用になることを承知するべきである。

最後に、当審における控訴人の新主張について判断する。右主張は、結局において本件免責特約の解釈の問題であり、特約の当事者が、預金者の承知するところでない者が暗証番号を不法に知った場合には本件免責特約の適用を除外するものと約したかどうかに帰する。上来説示したところによれば、右の様に解し得ないことは明らかである。更に、被控訴銀行としてみれば、控訴人主張の様に解するとすれば、もし、預金者が他人と共謀してこれに暗証番号を教えて支払を受けさせておきながら、盗用又は解読されたと称して二重の支払を請求してきた場合、これに対する反証を挙げることは殆ど不可能であるというべきであるから、控訴人主張のような約定を結ぶ筈はないというべきである。

四  以上の理由により、原判決は相当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却する。

訴訟費用の負担につき、同法九五条、八九条適用。

(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 吉原耕平 池田亮一)

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